上下水道経営への住民参加の可能性-英国ヨークシャーとウェールズの例-

「水と水技術No.2」(オーム社より2009年7月刊行)掲載記事を一部改変の上転載)

玉真俊彦(日本上下水道設計㈱経営工学研究所長)

1.英国の上下水道

 英国イングランドとウェールズの上下水道事業は、1989年から完全民営化されている。需要の規模が大きく、集積度も高い好条件の経営基盤を備えていたものが多かったことから、活発なM&A(合併と買収)の波にさらされ、その動きはなお進行中である。近年の特徴は、テムズウォーターやサザンウォーターに見られるような国際的なインフラファンドによる買収である。現在のところ、上下水道会社は全国で10社、水道の専業会社は主要都市を給水区域とする12社となっており、水道の専業会社は合併により1989年の29社が半分以下まで数を減らしている。(図1、表1を参照)

表1 英国イングランドとウェールズの上下水道会社及び水道専業会社

会社名

親会社(グループ)

会社(グループ)名

上下水道

アングリアン

Anglian Water

イギリス

ノーサンブリアン

Suez-Lyonnaise

フランス

Northumbrian Services

イギリス

ユナイテッドユーティリティーズ

United Utilities

イギリス

セブントレント

Severn Trent

イギリス

サザン

Greensands Investments

オーストラリア

サウスウェスト

Pennon Group

イギリス

テムズ

Kemble Water

オーストラリア

ウェールズ

Glas Cymru

イギリス

ウェセックス

YTL

マレーシア

ヨークシャー

Kelda

イギリス

水道

ブルネマウス・ウェストハンプシャー

Biwater

イギリス

ブリストル

Bristol Water

イギリス

ケンブリッジ

Cheung Kong Infrastructure

中国(香港)

ディーヴァリー

Dee Valley

イギリス

フォークストン・ドーバー

Veolia

フランス

ポーツマス

South Downs Capital

イギリス

サウスイースト

HDUF, Utilities Trust of Australia

オーストラリア

サウススタフォードシャー

South Staffordshire

イギリス

サットン&イーストサリー

East Surrey Holdings

イギリス

テンドリング・ハンドレッド

Veolia

フランス

スリーヴァリー

Veolia

フランス

注)水道専業のCholderton&District社はオフワットによる規制対象外のため除いた。
(オフワットは、民営化後の上下水道会社の運営を監督する政府の機関)

図1 英国イングランドとウェールズの上下水道会社(WaSC)及び水道専業会社(WoC)

2.グラス・カムリ社の設立

 英国ウェールズ地方の上下水道サービスを提供するウェールズ・ウォーター社は、非営利の保証会社であるグラス・カムリ社によってその全株式と資産が保有され、サービス提供業務の大部分は外部委託により実施するという特殊な形態をとっている。民営化後の乱脈経営に歯止めをかけ、利用者の利益を代表するNPO法人が上下水道を運営している旨のテレビ報道(NHKスペシャル)をご記憶の方もいらっしゃるかもしれない。

 完全民営化後、事業の多角化に乗り出した会社は、ユナイテッド・ユーティリティーズ社を始め他にも見られたが、ウェールズ・ウォーター社の場合は、「ミニ三菱」を標榜して不動産、環境コンサルティング事業、廃棄物処分、電力に手を広げ、1996年にはハイダー社と社名を変更、ウェールズの私企業としては当時最大の雇用者数を持つ企業に成長する。しかし、1997年の臨時課税(民営化された公企業の税引後利益について過去4年間の平均を超える額の23%を課税するもの)をきっかけとして成長に陰りが生じ、2000年にはピーク時の17%まで株価が下落した。増資による資金調達は株主から拒否され、借入金の積み増しもできず、2000年8月には米国の電力会社WPD社のグループに買収されることとなった。多角化路線が完全に裏目に出た形で、旧ハイダー社の上下水道部門(ウェールズ・ウォーター)は切り売り・転売の危機に直面することとなる。

 グラス・カムリ社は、まさにこの動きに先手を打って、当時のハイダー社の経営陣により2000年4月に設立されたもので、ウェールズ・ウォーターが切り売りとなった場合にこれを買い取ることを目的としていた。

3.保証会社とは何か

 このグラス・カムリ社がとっている保証会社という形態は、設立時と存続期間中は原則として株主資本を持たず、会社の解散時に出資するという保証によって設立される会社で、したがって会社と資本面での関係を持たない理事者により所有・運営される英国特有の制度である。株主がいないため利益の株主配当は不要で、その分を会社の設立目的を充実させるための内部留保や再投資に回せることから、NPO法人で会社組織の形態を必要とする場合に活用されている。この「会社組織の形態を必要とする」とは、外部と委託契約を行う際、ボランティアで関与している理事者の立場を守るために有限責任性が必要となるためである。

 ウェールズ・ウォーターの切り売りに備えて、保証会社であるグラス・カムリ社を設立したことはどのような点でプラスがあったのであろうか。次の4点が指摘できるであろう。

(1)株式会社のように経営支配権を握る株主の交代によって経営方針が変わることがないため、ウェールズ・ウォーターを再度、確実に買い取るという目的を貫徹するには好適であった。

(2)資産を買い取って保有するために十分な法人格が法的に確立されている。

(3)利用者に資産の保有や資金調達に係るリスクを負わせることがない。

(4)ハイダー社の経営陣が設立するグラス・カムリ社が資産を保有することで、従来どおりの運営が保証される。

 グラス・カムリ社によるウェールズ・ウォーターの再買収価格は、最終的に1株あたり額面の1ポンド、総額で約19億ポンド(1ポンド=130円として約2,470億円)で成立した。この買収費用は、グラス・カムリ社が全額を債券の発行により調達したが、これだけの金額の債券発行は英国の上下水道事業でも最大規模のものであった。広範な投資家の資金運用ニーズに応えられるよう、LPI債といった金融デリバティブ商品を含む多様な形態で発行されている。これらの発行事務は、専門の子会社が担当している。また、株式ではなく債券で資金を調達することにより、資本コストを約1/4程度減らせるため(株主資本の配当率最大6.5%に対して債券の年利率は4~4.5%程度)、年間約5,000万ポンド(1ポンド=130円として約65億円)が削減できるという点も当初の目論見として大きかったようである。

4.グラス・カムリ社とウェールズ・ウォーター社の運営

 グラス・カムリ社グループの構成は図2のようになっている。この図の再下段は、ウェールズ・ウォーター社の現在の協力企業群である。

 グラス・カムリ社は常任4名、非常勤6名の計10名の理事によって運営され、このほかに72名の評議員が在任している。社員はいない。10名の理事者は全員がウェールズ・ウォーター社の理事を兼務しており、評議員は公募による候補者から理事会が選出する。4名の常任理事のうち理事長を除く3名は、いずれもウェールズ・ウォーター生え抜きの人材である。

図2 グラス・カムリ社グループの構成

 一方、ウェールズ・ウォーター社の従業員数は178名(2008年3月末現在)で、上下水道サービス提供の大部分を外部委託により実施しており、年間の営業費用と投資的経費の85%が委託費と工事請負費となっている。また、保証会社であるグラス・カムリ社の100%子会社であることから、利益の株主配当は行わず、その代わりに一般家庭の利用者に払い戻しを行っていることが特徴である。これはグラス・カムリ社がウェールズ・ウォーター社を取得した2001年の2年後、2003年から実施されており、2008年までの6年間の合計額は1.2億ポンド(1ポンド=130円として156億円)にのぼる。2008年度の払い戻しは利用者一人あたり21ポンド(1ポンド=130円として年間2,730円)となっている。

 このようにグラス・カムリ社は、非営利の保証会社という形態をとり、評議員として利用者の参画も得ているものの、経営自体はプロフェッショナルである理事が行っており、一般通念でいうようなNPO法人ではない。またウェールズ・ウォーター社も、外部委託を業務の中心に据えてスリム化を図っているものの、もともとのウェールズ・ウォーター社(ハイダー社)が母体になった組織である。グラス・カムリ社の設立の経緯を見れば、ハイダー社が有していたウェールズ・ウォーターの資産を切り売りから防衛し、同時に株式を債券に転換することで資金調達コストの低減を図ることが本来の目的であって、その結果得られた果実が料金の払い戻しの形で利用者に還元されているわけである。少なくとも、利用者の利益を代表するNPO法人が上下水道事業を経営するというイメージからは遠いといってよい。

5.ケルダ社の提案

 実は、グラス・カムリ社が設立された2ヶ月後の2000年6月、ヨークシャー・ウォーター社を傘下に有するケルダ社グループが「NPO法人による上下水道事業経営」のイメージにより近い提案をしている。

 ヨークシャー・ウォーター社はイングランド東北部の上下水道会社で、民営化後はウェールズ・ウォーター社と同様に経営の多角化を進め、1999年にはケルダ社と名前を変えた。翌2000年、同社が行った経営方針の見直しの一環として、上下水道資産の保有と運営を分離する提案がなされたものがそれで、簡単にいうと資産の保有は利用者出資による協同組合、運営は外部委託という内容である。骨子は次のようなものである。

(1)ケルダ社は、上下水道と廃棄物の事業運営のマネジメント業務に集中する。

(2)利用者の出資による組合を設立し、この組合がヨークシャー・ウォーター社の株式と資産を買い取る。買取りに必要な資金は全額を組合が債券の発行により調達する。

(3)組合は、地域の利益のために運営され、利益が生じた場合は料金の引下げ、サービス水準の向上、高次の設備投資として利用者に還元する。同組合の職員数は160名規模、理事7名のうち常勤は2名、非常勤は5名(理事長も非常勤)とする。理事長と常勤理事1名はケルダ社からの退職派遣により、非常勤理事の2名は利用者の選出による。

(4)利用者は、利益の還元を受けるとともに、地域の重要なインフラである上下水道という安全な資産を保有するメリットを享受する。

(5)組合は、外部委託が可能な業務は全て競争入札により委託する。当初は、組合が運営業務をケルダ社に委託することにより、サービスの継続性も確保できる。

 このケルダ社の提案には、当時のブレア政権からも支持が表明された。民営化された公益事業の資産を利用者が協同で所有するというケルダ社の提案に対し、労働党支持者の間では広範な支持があったようである。残念ながら1ヶ月後の2000年7月、事業規制上の理由によりオフワットがこの提案を却下したために、提案は改善されることなく取り下げられ、実現せずに終わった。多岐にわたるオフワットの却下理由を要約すれば表2のとおりとなるが、その最大の懸念は利用者にとって利益があるかどうかと、資産の保有と運営の分離によってサービス水準が維持できるかどうかという二点といえるだろう。

 グラス・カムリ社は、この先行例を踏まえ、利用者の意見を事前に十分聴取するなど鋭意準備を進めたそうである。

表2 オフワットによるケルダ社提案の拒否理由

理由

摘要

利用者にとっての利益

・施設の保有主体の変更により、事業全体としてリスクが減少するのか、また利用者にどのような利益とリスクが生じるのかが明確でない。

・委託の拡大と(株式の債券への転換による)資本コストの削減は、現在の会社形態でも可能である。

・施設の保有に伴うリスクが利用者に移転されることから、このリスクを軽減するために組合が十分な内部留保を持つことが必要。

資産の保有と運営の分離によるサービス水準の維持

・飲料水や排水の規制機関が要求する基準を満足するためには、施設を保有する組合がサービス提供を自ら行うか、少なくとも最終的な責任を持つ必要があるが、提案ではこれが担保されていない。

・組合の理事には、水道事業の運営を熟知した人材をあてることが必要。

利用者の合意

・利用者に対して提案に関する情報を適切に提供しておらず、また意見も聴取していない。

・ケルダ社の提案は概略にとどまっており、決定に至るまでには細部にわたる検討を行い、これを利用者に提示することが必要。

株主からの監視の欠如

株主の関与と企業買収の圧力がなくなることで、効率化に向けたインセンティブが減少する。

ケルダ社からの独立性

施設の売却と運営業務委託の価格を適正に設定し、運営業務委託の競争性を確保するには、組合がケルダ社から完全に独立している必要がある。このため、組合の理事には現職・元職に拘わらずケルダ社の関係者が加わるべきではないし、移行当初の運営業務をケルダ社に委託することも適当ではない。



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